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東京高等裁判所 平成11年(ネ)3988号 判決 2000年1月18日

控訴人

総合企画アートノアことA

右訴訟代理人弁護士

對崎俊一

被控訴人

右訴訟代理人弁護士

伊藤真

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二事案の概要

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「第二事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。

(当審における控訴人の主張)

原判決は、控訴人の被控訴人との間の本件絵画をめぐる契約関係について、販売委託契約の存在を認定した。しかし、以下の事情の下では、控訴人と被控訴人との契約関係は売買契約とみるのが合理的であり、これを販売委託契約とみるのは極めて不合理である。

一  原判決は、被控訴人の作品については、平成四年ころには、既に一点当たり一三万円から二〇万円の販売価格が付された実績があると認定し、これを重要な根拠として販売委託契約の成立を認定した。

しかし、原判決の事実及び理由「第三 争点に対する判断」一1(五)において平成四年ころの控訴人の作品の価格が掲載された美術雑誌として挙げられている「一枚の繪」は、一般消費者向けのカタログ雑誌であり、そこに掲載されている価格は、絵画の制作者自身に支払われる対価とはかけ離れたものである。また、この雑誌は、画商が評価する価格とも大きく異なった独特の価格付けをしており、客観性のある評価とはされていない。したがって、原判決が販売委託契約認定の重要な根拠とした、被控訴人の作品の平成四年ころの販売価格の認定自体が、その根拠は薄弱なのである。

被控訴人は、被控訴人の作品の実際の販売価格を立証していない。被控訴人がこれを立証するものとして提出した甲第三五ないし第三八号証に記載されているのは、控訴人が被控訴人の作品を売り出した時期よりも後である平成五年八月以後の価格であって、平成四年当時とは全く事情を異にしている時期のものである。

二  平成四年八月に控訴人から作品を「買いたい」との連絡を受けて被控訴人が出かけて以降、平成五年三月ころまでの間は、被控訴人は控訴人を全面的に信用し、被控訴人は控訴人にすべてを任せていたのである。そうであるなら、被控訴人が控訴人に進んで引き渡した本件絵画は、売買されたものとみる以外になく、販売委託契約のために渡されたとみるのはいかにも不自然というべきである。

三  被控訴人は、控訴人に見出されたことにより、本件絵画については控訴人の提示する条件での譲渡に応じ、著作物の使用も控訴人に任せたのである。これに対して控訴人がした反対給付は、現金でこそ四〇万円であったが、被控訴人が実質的に得たものとして、ある程度の画家としての評価がある。このような関係を取引としてみるときは、売買契約と認定するのが合理的である。

四  被控訴人は、原審における本人尋問において、「アート・トップ」に被控訴人の作品が掲載される理由について、「ご自分(判決注・控訴人を指す。)で私の絵を売るために載せるのかなと思いました。」という趣旨を繰り返し供述している。

これらの供述は、控訴人が被控訴人から買い取った絵画を、控訴人が売りに出すということを述べているとしか理解できない。

第三争点に対する判断

当裁判所も、控訴人の本訴請求は、原判決の認容した限度で理由があり、その余は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり訂正し、当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の事実及び理由「第三 争点に対する判断」のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

一六頁一〇行目の「五三点」を「五二点」と、二一頁二行目の「原告」を「控訴人」と、同頁三行目の「付していた」を「付しており、右五二点のうちの四六点の定価の合計は三九八万円であった」とそれぞれ改める。

(当審における控訴人の主張に対する判断)

一  平成四年ころ被控訴人の作品に付されていた販売価格と、画商が被控訴人に支払っていた金額について

1 「一枚の繪」を発行している一枚の繪株式会社は、被控訴人に対し、平成四年一〇月から平成五年一一月にかけて、六号の絵について二万円、一〇号の絵について三万三〇〇〇円、一五号の絵について四万五〇〇〇円、二〇号の絵について五万四〇〇〇円を支払っている。(甲八七)このうち六号の絵を除くものの金額は、原判決の事実及び理由「第三 争点に対する判断」一1(五)の認定に係る「一枚の繪」に掲載された原告の作品(六号のものは掲載されていない。)の価格の約二五ないし三〇パーセントに相当する。

平成五年八月ころには、画商である株式会社サンスも、被控訴人の作品について、二〇号の絵について二〇万円、六号の絵について九万円と評価して、その二五パーセントを被控訴人に支払っている。(甲三六)平成四年における有限会社ダンシングギースギャラリー、平成五年七月におけるアートヨシムラは、大きさ(号数)は明らかではないものの、被控訴人の作品について、最も安いものでも三万五〇〇〇円、高いものでは二四万円の価格を付して、額なしの場合はその二〇パーセントないしそれを若干超える金額を、額付きの場合にはその約四〇パーセントの金額を、被控訴人に支払っている。(甲二九、三四)

2 「一枚の繪」に掲載された被控訴人の作品の価格の変動をみると、二〇号の絵は、平成三年一一月及び平成四年一一月がいずれも二〇万円、一〇号の絵は、平成四年一一月及び平成六年一〇月がいずれも一三万円である。また、一枚の繪株式会社から被控訴人に支払われた金額の変動をみると、一〇号の絵についての支払額は、平成四年一一月二〇日、平成五年一月二〇日及び平成五年一一月一九日の支払分がいずれも同じ三万三〇〇〇円である。(甲一二、二一、二三、八七)右事実から、被控訴人の作品に付された販売価格及びその作品の販売によって被控訴人に支払われる金額は、平成四年から平成六年一〇月の間には、ほとんど変動がなかったものと認めることができる。

3 以上の事実に原判決の事実及び理由「第三 争点に対する判断」一1(四)及び(五) の事実を加えて総合すれば、平成四年ころの被控訴人の作品には、六号の絵について約九万円前後、一〇号の絵について約一三万円前後、一五号の絵について約一八万円前後、二〇号の絵について約二〇万円前後の価格が付けられ、実際にもその程度の価格で画商から消費者に販売されていたこと、画商により、また、買取契約か販売委託契約かにより多少の違いはあるものの、その販売価格(上代)の約二〇ないし三〇パーセント(額付きの場合は約四〇パーセント)が画商から被控訴人に支払われていたことが認められる。

4 本件絵画について、乙第三六号証に記載された各絵画の大きさ及び右認定に係る平成四年ころの被控訴人の作品に付された価格と画商から被控訴人に支払われていた金額の割合を考慮すれば、これが四〇万円で売買されるようなものであったとは到底考えられない。

5 控訴人は、「一枚の繪」に掲載されている価格は、絵画の制作者自身に支払われる対価とはかけ離れたものであると主張する。 確かに、被控訴人に支払われた金額は、「一枚の繪」に掲載されている価格の二五ないし三〇パーセントであるけれども、そのことを前提としても、なお、本件絵画が四〇万円で売買されるようなものであったと考えられないことは前認定のとおりである。

また、控訴人は、「一枚の繪」について、画商が評価する価格とも大きく異なった独特の価格付けをしており、客観性のある評価ではないとも主張する。しかし、前記1認定の事実からみれば、「一枚の繪」が被控訴人の作品に付した価格は、画商である株式会社サンスが被控訴人の作品に付した価格とも一致しており、しかも、画商である有限会社ダンシングギースギャラリー及びアートヨシムラのそれと比べても不自然なところはないものというべきである。

さらに、控訴人は、平成五年八月以後の価格は、平成四年当時とは全く事情を異にしていると主張する。しかし、被控訴人の作品に付された販売価格及びその作品の販売によって被控訴人に支払われる金額は、平成四年から平成六年一〇月の間には、ほとんど変動がなかったことは、前認定のとおりである。

控訴人の主張は、いずれも採用することができない。

二  控訴人は、被控訴人は控訴人を全面的に信用し、被控訴人は控訴人にすべてを任せていたから、被控訴人が控訴人に進んで引き渡した本件絵画は、売買されたものとみる以外にないと主張する。

しかし、被控訴人が控訴人を信頼していたからこそ、まだ所有権を移転しておらず、対価も受け取っていないのに本件絵画を引き渡したともみることができ、そうすると、被控訴人が控訴人を信頼していたことは、被控訴人から控訴人への本件絵画の引き渡しが販売委託契約であったことを推認させる事情ということもできるところである。

また、控訴人の主張するところが、被控訴人は、控訴人に対し、売買とするか否か、売買とする場合の代金額をいくらとするか等を含め、本件絵画につきどのように処理されても異議を述べないとの限度まで任せていた、との趣旨であるならば、本件全証拠によってもそのような事実を認めることはできない。

三  控訴人は、被控訴人は、控訴人に見出されたことにより、実質的に得たものとして、ある程度の画家としての評価があるから、このような関係を取引としてみるときは、売買契約と認定されるべきであると主張する。しかし、被控訴人の作品は、平成四年ころには既に複数の画商や美術雑誌によって一定の価格で評価され、販売されていたものであるうえ、平成四年末ころから平成五年にかけての本件に係る控訴人の宣伝・販売活動は、被控訴人の作品に付された販売価格及びその作品の販売によって被控訴人に支払われる金額を平成六年一〇月の間には、ほとんど変動させるものではなかった程度のものと認められる。そうすると、被控訴人にとって、控訴人との取引は、被控訴人が従来他の画商から評価されていた価格とかけ離れた低い金額で控訴人に自分の作品を売却するという経済的損失を被ってまで、これをする必要があったものとは認められない。したがって、本件における控訴人の宣伝・販売活動によって、画家としての被控訴人の評価が多少高まったとしても、そのことは、控訴人と被控訴人との契約が、売買であることの証左となるものではない。

四  控訴人は、被控訴人が原審における本人尋問において、「アート・トップ」に被控訴人の作品が掲載される理由について、「ご自分(判決注・控訴人を指す。)で私の絵を売るために載せるのかなと思いました。」という趣旨を繰り返し供述していることをもって、控訴人が被控訴人から買い取った絵画を、控訴人が売りに出すということを述べていると主張する。しかし、右供述は、控訴人が被控訴人から販売委託された本件絵画を、控訴人が販売しようとしていると思ったという趣旨に十分理解され得るものであるから、原告の主張は、採用することができない。

第四結論

よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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